劇場の前にあるショーウィンドウみたいな所に、ドン・ジョヴァンニの写真が飾ってありました。僕の写真は1幕の冒頭、騎士長と決闘をするところです。覆面をしているので、全然誰だかわかりませんが。
それに歌っているところらしくて、シャチみたいな口をして写っています。
その横に立って記念写真を撮ってしまった。まるでお上りさんですが、まぁお上りさんみたいなもんですよね。ゲラではまだ新人だし。
ドン・ジョヴァンニがここゲラでの...
初めてのプロダクションだったので、ここに僕の写真が飾られるのも初めてなわけです。こういうのって嬉しいし、なんだか自分の存在がこの町できちんと認められている感じがして安心します。うーん。こう書くと誤解を招くかな?
「この町でちゃんと目立ってるぞー」という意味ではないです。
なんだかんだいってドイツで働き始めてまだ間もないし、エッセイにも書いてあるとおり、ドイツの歌劇場で専属歌手をやることは長い間の夢だったわけです。
ドイツに来てからずっと仕事を探してきたわけですが、最初の数年は全く手応えがなかったし、他にも大変な思いをして仕事探しをしている外国人の歌手とも知り合いました。「日本人は体が小さいし、特に男性は容姿の点からも就職は難しい」といわれ続けてきました。これは仕事が取れない段階では非常に真実味を持って響く言葉です。実際にどうなのかは判らないけど。希望を失うために必要な条件はそろっていました。
それからコンクールやオーディションで、成果が少しずつ出てきてからも、あと少しのところでうまく行かないことが多かったのです。「やはりだめなのかなぁ」「いやもう一踏ん張りだけしてみよう」という繰り返しで、かなり精神的スタミナを消費した時期でした。外国人の悲しさ、仕事などの正当な理由がなければドイツに居続けることは許されないわけです。
「運」というのはかなり大きな要素であると思います。能力がある歌手でも募集がなければもちろん就職は出来ません。
今はドイツの劇場にとっては困難の時で、どんどん閉鎖や合併に追い込まれています。現にうちの劇場も6年前にゲラとアルテンブルクの劇場が合併されて一つになったわけです氏、今はテューリンゲン州の首都エアフルトとテューリンゲン州随一の歴史を誇るワイマールの劇場の合併が計画されています。どんどん必要とされる歌手の数が減っていきますから、新たに就職するのは至難の業です。
しかもこういう時期に他の劇場にうつる(他の会社に移るようなものです)の危険ですから、歌手は皆同じ職場に居座ろうとします。こうなるとオーディション自体が発生しにくくなり、数少ないオーディションにありつくのは「運」なしではほぼ不可能だと思います。
その他にも就職活動のノウハウを知っているかどうかも大きいでしょうし、先生が推薦などをしてくれている人の方がうまく仕事を見つけているのは当然のこと。僕のは場合は全部自分でやらなくてはいけなかったけど、なんとかしてドイツで仕事がしたくて、ほとんど根性だけで踏ん張って続けていました。
そして、もうこの秋に収穫がなかったら日本に引き揚げるというぎりぎりの就職シーズンにゲラの話が入ってきて、何とかぎりぎりセーフになったわけです。
でも先シーズンはリゴレットを歌っただけだし、それも僕の住むGeraではなくもう一つの「支店」があるアルテンブルクで歌ったので、ゲラではコンサートしか歌っていなかった。
いまやっとゲラでオペラを歌って、その写真が飾られているのを見て、ちゃんとゲラの街(あるいは気持ちとしては「ドイツの音楽業界」)に受け入れられたという気持ちになったのです。
まだまだ始まったばかりで感傷に浸っている場合じゃないっすね。はい。頑張りましょう
2001年10月5日(金)スクリプトで読み込み