5月になってから、シュターツオパーでばらの騎士を見ました。何年か前のベルリンシュターツオパー日本公演の時に上演されたものでなく、ニコラス・ブリーガーの新しい演出によるものです。
キャストはマルシャリンがヘレン・ドナート、ゾフィーがローラ・エイキン、オクタヴィアンがイリス・ヴェルミリオン、オックスはギュンター・フォン・カンネン、指揮はドナルド・C・ラニクルズでした。ヘレン・ドナートは本来キャスティングされておらず、アシュレイ・パトナムという人がマルシャリンを歌うことになっていたのですがキャンセルしたので代役で入ったとのこと。友人の話では結果的にドナートがヨーロッパで初めてマルシャリンを歌った舞台に立ち会ったことになるようです。
バレンボイムが振った3月のエレクトラに比べると、オーケストラの演奏はなんだか当たり前で面白くありませんでした。舞台上で繰り広げられている事に比べて「官能度」が低すぎました。ラニクルズの演奏が当たり前だったと言っても、バレンボイムの演奏のほうが楽譜に忠実でなかったわけでは多分なくて、音を通して伝わってくるイメージが格段に多かったという感じです。
かようなオーケストラの演奏に比べて、舞台上の官能度はかなりのものでした。女性は3人ともとても良かったのですが、特筆すべきはオクタヴィアンのヴェルミリオン。豊かな声にくわえて、180cmをこえるすらっとしてバランスの取れた容姿の良さがこの役では大きな意味を持つのだなぁと思いました。所作から、「オクタヴィアンとして不必要な女性的な要素は全く見て取れませんでしたし、何しろ芝居がうまく、格好が良い!だからこそ女性によって敢えて歌われるこの役が活きたと言えます。マルシャリンとの1幕やゾフィーとの3幕のラブシーンでは、真実味があったというか、特にゾフィーとのキスシーンは「女同士だけど一応する」という感じでなく、なにか覗き心の欲求を満たすようなスリルを感じました。受け手のエイキンもうまかったと言えます。
ウィーンシュターツオパーが日本に持ってきたクライバー、ロット、オッター、ボニー、モルらによるばらの騎士は色々な意味で話題になりましたが、ふところがわびしい僕は見に行くことは出来ず、衛星放送でウィーンの上演の模様を楽しみました。その時の印象が強いからか、いかに容姿の良い歌い手がうまく歌い、うまく芝居をしようとも、少なくともこの作品においては、オーケストラの演奏が効果的に機能してドラマに貢献しないと、まるでジャンルの違う作品のように聴こえ、見えてしまうように思いました。ベルリン・シュターツオパーのばらの騎士では、R.シュトラウスの音楽はもちろんまぎれもなくR.シュトラウスの音楽として演奏されていたのですが、舞台で起こっている事件と音楽のかかわり合いが今一つ希薄で、観客の知性以外の部分に揺さぶりをかけるような力は持っていませんでした。乱暴な分類かも知れませんが、ミュージカルを見ているような気分になりました。クライバーの指揮によるウィーンフィルの演奏は、ある種暴力的といえるほど美しく、説得力を持っていて、その演奏に接している者は放っておいてもR.シュトラウスの世界に引き込まれていくのではないでしょうか。
オーケストラの実力ももちろんこの差を作るのに関係しているでしょうが、それだけとは決して思えません。前述のバレンボイムの指揮によるエレクトラや、ここでは触れませんでしたが3月末から4月の頭にかけて今年から開催されているベルリン・シュターツオパーのフェストターゲでの、やはりバレンボイムによるニーベルングの指輪の演奏では、ベルリン・シュターツオパーのオーケストラはうねりと輝きのある素晴らしい演奏をしていたと思います。
シュターツオパーでは今シーズン、サロメの上演もあったのですが、僕らの到着の翌日だったので見ることは出来ませんでした。来シーズンも上演があるので楽しみにしています。シュターツオパー来季の上演演目の中のR.シュトラウスのオペラは今季と同じエレクトラ、サロメ、ばらの騎士の三つで、新たに加わったものはありません。
ドイチェオパーでも新演目はなく、エレクトラとばらの騎士だけです。ドイチェオパー今季のばらの騎士は到着前日で見られなかったので、やはり来季を楽しみに待っているというところです。
さて、R.シュトラウス以外で、来季の話題というと、シュターツオパーでは「蝶々夫人」で林康子さんが来ること、「さまよえるオランダ人」で今年のハンブルクオパー来日公演でリゴレットを演じたグルントヘーバーが来ること。バイエルンシュターツオパーによるアラベラの日本初演でマテオを歌ったザイフェルトをタイトルロールに迎えて「ローエングリン」のクプファーによる新演出。ゾフィーを歌ったエイキン主演で「ルル」の新演出、演出はムスバッハという人です。その他「魔弾の射手」がメータ指揮、レーンホフの新演出で行われます。
ドイチェオパーの来季新演出はゲッツ・フリードリヒによる「エフゲニー・オネーギン」、歌い手ははルチオ・ガッロ他、ベッリーニの「テンダのベアトリーチェ」をピエール・ルイジ・ピエラッリという人の演出で、歌い手はチェルノフ、アリベルティなど。フリードリヒの新演出では「さまよえるオランダ人」もあり、タイトルロールはヴォルフガング・ブレンデルです。フォワイエで上演される新演出ものに、ストラヴィンスキーの「兵士の物語」があります。その他演奏会形式のプレミエものでグノーの「ロミオとジュリエット」、ロミオはフランシスコ・アライサです。以前の演出の再上演ではバルツァ、アトラントフを迎えての「カルメン」、ケルンの総監督であるギュンター・クレーマーの演出による「後宮からの誘拐」、ゲッツ・フリードリヒの演出で彼の奥さんであるカラン・アームストロングが歌うシェーンベルクの「期待」もあり、これはバルトークの「青髭公の城」とカップリングになっています。
それでは、つたない文章を最後まで読んで下さった皆さんに感謝しつつペンを置きたいと思います。僕の留学は本当に始まったばかりで、これからも引き続き、アンテナを張って五感を駆使して色々なことを感じていきたいと思っております。
(1996.6 /2001.11.5掲載)