ドイツの生活に慣れること

ドイツに住み始めて、もうすぐ7年目に入ります。ドイツで仕事がしたいとははじめから思っていましたが、すぐ帰ることになるような気もしていたし、意外な感じも少しあります。


ベルリンには4年と少しの間住んだのですが、とても快適でした。もちろん最初はいろいろ慣れないことで戸惑って、不愉快な思いもしたことはあるんですが、総じて快適な生活をしていたと思います。
やはり住環境が良かったと言うことが大きいですね。その当時まだ声楽の留学生が少なかったベルリンの、ベルリン芸術大学で唯一の日本人学生としてベルリンにすでに住んでいた、友人の森川栄子さんが僕らの住む家を僕らの到着前に探して決めていてくれたので、僕らはベルリンで家探しの苦労をすることなく住み始めることが出来ました。
大家さんが親日家で、しかも隣の建物に住んでいたおかげで困ったときはすぐ駆け込めたし、何でも相談に乗ってくれたし、家自体もとても綺麗で場所も良く、とても気に入っていました。友人にもうらやましがられたものです。良い物件を見つけられるかどうかは、もちろん手間は必要ですが(今回ゲラでは本当に手間をかけた)、結構運もあると思うのです。僕らの場合は森川さんが全部やってくれたので、苦労は全然していない上に、運良くこんな素敵な家が見つかって(森川さんも下見のあと Faxで『この物件はハナマルだ!』と書いてきてくれた)、本当に森川さんには感謝しています。
で、その家は家具付きの物件だったので、僕らにはもってこいでした。何年ドイツに住むことになるかわからないので、家具を買うのは避けたいと思っていたのです。冷蔵庫や台所の設備や、ベッドやタンスだけでなく、食器や掃除機までついていました。すぐに生活できる環境です。
だから僕らはあまり家具を買わずに済んだ訳です。
でも今回ゲラでは、家具付きの物件はほとんどなかったし、これからは働くんだというつもりもあって自分の家具を買うことになりました。
 
ゲラに住み始めてもう1年以上が経ちましたが、今になってやっと「自分はドイツに住んでいる」という実感を持ってきていることに気付きました。その前にベルリンに4年以上住んでいたのに変な話ではあります。
どうしてかなぁと色々考えてみたのですが、どうやら僕の場合は、自分の手で色々やってきた結果、そういう実感を持てるようになったようです。ベルリンでの家具付きのうちとは違い、何もない普通の家を自分で見つけて、台所や家具などを調達して、その多くは自分で組み立てたり、という作業を通して、地に足のついた生活をドイツでやっと始めたんだという実感を持ったのです。
労働許可や、税金申告などのことも以前は経験がありませんでした。学生でほとんど働いた経験はありませんでしたから当然です。Lohnsteuerkarteという「税金カード」を発行されて、ドイツの労働者になった実感を持ちました。
でもやっぱり「うち」の事が大きいかなぁ、心理的には。
ドイツの普通の貸家では、台所の設備や家具はおろか、照明の電球もついていないのが普通です。水道の蛇口さえもなかったりする。家を借りたら、これらの大工仕事をしなくては住めるようにはなりません。僕の場合は、ベルリンでは家具付きの家に住んでいましたから、家具は友人のいらないものを安く譲り受けるなどの手配をしておいて、ベッドなど最低限のものはそろう手はずを整えてありました。
うちはアルトバウという古いタイプの建物で、天井まで3mもあります。普通の脚立じゃ天井の作業が出来ないので、特に背の高い脚立をまず買うことから始まりました。作業をするためにあかりが必要なので、仮に裸電球とソケットを取り付けたのが最初の仕事。
暇さえあれば安い家具屋を見に行って、スペースをどう使うか工夫しながら計画していきました。この時期、嫁さんと息子は日本に残っていたので、e-mailを駆使して写真を送ったり図を送ったりして嫁さんと相談して家具をそろえていきました。
こういう作業に車の意義は大きかった。そう、車を持ったこともドイツに住むことの実感を強めました。以前はレンタカーしか運転しなかったし、右側通行にも左ハンドルにもまだ慣れていませんでしたね。いままもう問題ないですが、結構慣れるまでは時間がかかりました。人によってはすぐに切り替えられる人もいるようですが、僕はダメでした。最初は怖かったですよー。
今は逆に右になれてしまって、今年2月に二期会のこうもりのために帰国した際は、センターラインがない細い道で気がついたら右側を走っていたことがあった・・・。でもそれも最初の1週間くらいでしたけどね。
ベルリンにいた頃から好きで良く行っていた「IKEA」というスウェーデンの家具屋さんがドイツ各地にあります。ゲラにはないのですが、ライプツィヒの近郊にあるIKEAによく通いました。車があってこそ出来ることでした。
このIKEAには今でも良く行きます。日本でも高級家具として輸入されているようですが、僕らはIKEAの安い家具しか眼中にないのです。でも色々な工夫をされた便利な家具が安いんです。本当に。材質などをちょっとこだわり始めるとすぐ高くなっちゃいますが、僕らはその便利さと安さで充分満足。
台所もサイズを測って、ちょうど安売りされていたシステムキッチンを入れました。どうしても食器洗い機は入れたかったのでそこはこだわりましたが、 3600DMの定価のものが2500DMになっていて、すっごくお買い得でした。冷蔵庫も棚もコンロもオーブンもシンクも全部そろってこの値段。日本円なら13万円くらいかな。
これからの生活がどうなるかわからないわけで、余計な出費は抑えなくてはいけないわけですが、これは引越をしても持っていけるものだし、台所は大事な部分なのでもう安いシステムキッチンを入れることに決めていました。
これはさすがに自分では出来ないので工事を頼みました。
でもベッドも、本棚も、扉5つもある洋服ダンスも、全部組立式のもので、自分でやりました。まだ左の肩の怪我が癒えていなかったので、結構大変でしたが、こういう作業は楽しくもありました。
こういう作業をして、「これは俺のうちだ」と実感できるようになったのです。
僕にとってはホームグラウンドというか、自分の居場所としての「うち」はとても、とても大切です。ましてや今は子供がいて、嫁さんとその子供と一緒にドイツに戻って来る2月までに、家の中身は万全にしておかなくちゃなりません。
家で自分の居場所を確保しないと仕事場での自分がしっかり定まらないのです。歌手の仕事はハードワークではありますが、サラリーマンの人に比べたらやはり自宅にいる時間は長いと思います。稽古を始める前の自分での準備や練習をするのも自宅でですから、住み心地の良い「うち」の確保は必須なのです。
この作業を経て、「自分はドイツに住んでるんだなぁ」とか「ああドイツの生活に慣れてきたなぁ」という実感を、今持ち始めています。これから何年ドイツで働くことになるのかわかりませんが、年数が重なれば、また違う問題が見えてきたり、興味の対象がうつっていったりと言うこともあると思いますが、慌てずに、地に足のついた生活をしていきたいと思います。
(2001.11.9)

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