ルチアの本番 二回目

2002.06.03
サッカーの話ばかりになってしまって、土曜日のルチアのことを書くのを忘れてしまいました。

表紙のメッセージに書いたとおり、エドガルド役のスヴァテンコがキャンセルしたため、ピンチヒッターの歌手が公演当日にやってきました。急なことだったので、ドイツ語でエドガルドを歌える人が見つからず、彼だけイタリア語で歌いました。

これがまた、意外に大変なんですよね。こういう体験は初めてだからもちろん居心地は悪いんだけど。
エドガルドとエンリーコの二重唱は、彼が最近歌ったことがないと言うことで場面が丸ごとカットになってしまった。まぁ仕方がな...


い。
ドイツ語訳は、逐語できっちり訳せないところももちろん出てきますから、彼との掛け合いのところは、会話がかみ合わないところも出てくるし、「ここはどこ?わたしはだれ?」と言う気持ちに、かなりなりました。
6重唱のあとの部分なんかは特におかしくて、うまく説明できないんだけど、むりやり説明すると、「やぁおはよう、元気かい?」と聞かれたのに「いや、僕はコーヒーは飲まなかったよ」と答える、とかそういう感じ。・・・ちょっと無理やり過ぎるけど、「感じ」はかなり近い。頭がねじれそうでしたよ。
なまじイタリア語はわかるからいけない。その上ルチアのイタリア語の歌詞はもう知っているわけですからね。

・・・と書いていたらブラジルがトルコに一点入れられて前半終了だ。ブラジルの動きがさえないなぁと思っていたら前半のロスタイムで。
こういう時代になっても、やはり南米のサッカーはあまり戦術的に一貫性が見いだせない。ワンツーとかは圧倒的にうまいのをみられることもあるけど、その後につながっていかないし。
その点ドイツのサッカーは、僕の好みに合っていて、見ているととてもしっくりくる感じです。見ていて分かりやすいしね。

開幕戦前日に、今までのワールドカップを振り返る番組があったので、これは夜更かししてみてしまいました。やはり1982年の準決勝はすごい試合だった。フィッシャーが延長後半にオーバーヘッドで同点にしたやつ。解説の松本育夫さんが「フィッシャーの動きが悪い。今交代させるなら彼でしょう」と言っていた矢先に入った同点だったなぁ。
でも、あの試合も今み見ると戦術的にはずいぶん隙間だらけに見えますね。

ドイツのあの試合での根性というか、「ゲルマン魂」とか言われていたけど、あの自分たちの方針を疑わずにひたすら全力で同じ事を繰り返せるある種の「無神経さ」、みたいなものは、ドイツ人の国民性なんだなぁと、ドイツに住むようになってから思いますね。
日本人の精神論は、こういう強さは導かないんですよね、残念ながら。日本人というのはけっこう精神的な強さを求める民族だと思うけど、どちらかと事を前に進めるよりも、つらい状態に耐える精神力なんですかね。パッシブな精神力なんですよね。これはスポーツにはむかないですよね。通勤地獄を耐えぬくにはもってこいかも知れないけど。
「日本人はおとなしい」「不平を言わない」みたいなことはドイツ人も思っているみたいで、最近稽古でキレちゃった時に「お前の『アジア的 落ち着き』はどこへ行った?」とか言われたけど、落ち着いていたら大変なことになるんですもの。言った者勝ちみたいなところもありますしね。

明日の日本対ベルギーはドイツでは放送されません・・・。とほほ。ベルギーの友達のうちに行くべきかなぁ。
2002年6月3日(月)スクリプトで読み込み

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