実は、もうずいぶん前に決まったことだったのですが、ヴァネッサのプレミエは延期になりました。来年の3月になる予定です。タイトルロールのザビーネ・パッソーの病気による延期です。
Polypenというのはアデノイドという事になるのかな。アデノイドが炎症していて、しかも副鼻腔まで炎症が広がっているので、もう手術するしかないそうです。劇場としてはもともとのプレミエの日程で何とかしようと努力したようですが、とにかく珍しい演目で、このヴァネッサという役をドイツ語訳で歌った人は全く見つかりそうもない。もしかしたらドイツ語での上演はこれが初めてかも知れない。
やっと見つかったと思ったイギリス人ソプラノは、自分で「ヴァネッサを歌ったことがある」と言ったそうですが、よくよく調べてみたら、ヴァネッサの中のアリアを一曲歌ったことがあると言うだけでしかも別のエリカという役のアリアだった・・・。ギャグですね、ほとんど。
で、11月6日のプレミエをあきらめるしかなく、3月に延期するならば、もともとのザビーネ・パッソーも手術の後回復しているであろうと。
ザビーネは、かつてはベルリン・コミシェ・オパーの専属歌手だった人で、今はフリーでやっている人です。オルダーグ氏とはコットブスで「バラの騎士」を一緒にやったそうで、その時の彼女の元帥夫人はほんとうに素晴らしかったそうです。
でも、想像に難くない。彼女の演じるヴァネッサは素晴らしいです。
そう、プレミエは延期されたのですが、立ち稽古はそのまま続けて、ザビーネはマルキーレン(声を抜くこと)しつつ芝居としては完成させ、そのまま冷凍して(こういう表現をドイツ語で使ってますね)3月にまた解凍するというわけです。
で、今日は午前中の稽古で最後の幕の立ちがついて、一応全部の芝居が完成。明日の朝の稽古は通し稽古です。・・・僕は夜にまたマーラーの「さすらう若人の歌」の本番があるんだけどね・・・。
この作品についてあまり書いていませんでしたね。最初はちょっとうまく捉えられない、掴みにくい作品だなぁーと思っていたんだけど、バーバーの美的感覚がわかってきたのか、今はすごくよい作品に思えます。
恋人の帰りを何年もの間待ち続けているヴァネッサ、その若い姪のエリカ、ヴァネッサの母である男爵夫人。構造上はこの3人の女性が中心人物です。その恋人が帰ってきたかと思うと、実際に現れたのはかつてのヴァネッサの恋人の息子で同じ名のアナトル。恋人の死を知らされて最初はパニックに陥るヴァネッサですが、このアナトルの中にその恋人の姿を見いだしたのか、息子のアナトルと恋に落ちます。
でも、実はヴァネッサがパニックに陥った到着の夜に、アナトルはエリカと夜を共にしていて、エリカのおなかにはアナトルの子供が。エリカは自分を本当に愛していない人とは結婚できないと、アナトルを拒絶し、アナトルは結局ヴァネッサと結婚することになります。二人のの婚約パーティーを抜け出したエリカは冬の湖で自殺未遂。
・・・手短には説明しにくいですねー。かなり複雑なドラマではあります。自殺未遂と書きましたが、どこにもそれははっきり書いていなくて、エリカ自身は死ぬつもりはなかったと言っているけど、最後の男爵夫人への台詞で「全てを信じることが出来る人は幸せね。私が話したことが全て本当だと思っているの?」というところもあるし。かなり根の深いというか、複雑な心理ドラマです。
オルダーグ演出は、その構造をうまく強調して、もともとの真理ドラマが浮き彫りにされると同時に、それぞれのキャラクターの中に眠る暴力性というか、狂気の様なものをうまく引き出しています。
最初のシーンでヴァネッサは、ほとんど狂気、戻ってこない恋人の帰りを待って10年以上、家の中の鏡すべてにカバーを掛け、自分の老いをも隠しつつひたすら待ち続けて、精神に異常を来している女性になっています。僕の歌う医者の役は最初の場面は本当は出番がないんだけど、こういう都合で、ずっと舞台にいて、ヴァネッサの看護(介護)をしています。
来たヨーロッパのある国、という設定もあるのでしょうが、音楽が非常にメランコリックというか、北の雪に閉ざされた田舎の町、という感じがよく出ているのです。マティアス・オルダーグの解釈では、僕、つまり医者は、実はもう死んでいるのかも知れない。ヴァネッサがアナトルが去ったときのこの家の状態を保とうとする様に、医者もこの家の状態が変わらずにあることを望んでいるキャラクターで、かつてはヴァネッサに恋をしていたであろう医者が、たとえ精神に異常を来していようともヴァネッサをそばに置いて、ある種の充足感の中にいると。
そこに異分子であるアナトルが登場し、医者としてはこの異分子を排除しようとするのですが、うまく行かない。
最終的にはヴァネッサがでていって、その姪であるエリカはその後を引き継ぐ形で精神に異常を来し、1幕でヴァネッサが寝ていたベットに今度はエリカが寝ていて、やはり僕が介護している・・・。
2幕の婚約パーティーのシーンでは、医者は婚約のアナウンスをしたりもするのですが、ヴァネッサを手放したくない医者の心理が色々な形で現れる演出で、結構大きな僕一人のシーンもあります。原作ではやけ酒で酔っぱらっているのだけど、この演出では酒でなく狂気という様な形で現れます。そう、まさに昨日僕が歌った「さすらう若人の歌」の1曲目の歌い出し「僕のいとしい人が結婚式を挙げる、僕は悲しい日を迎える・・」というその心境なわけですね。
また期会があったら演出に関しても詳しく書きたいと思います。