いよいよ本番です。
午前中の本番というのは珍しいけど、ザルツブルク音楽祭ではコンサートはこの時間に結構行われていますね。歌う方からすると午前11時の開演というのはあまりありがたくないけれど、仕方ない。
ザルツブルク祝祭大劇場の楽屋なんて、次はいつ来られるかわからない。記念写真撮らなくちゃ、といって撮ったのがこの写真。僕の楽屋はまりさん、淳ちゃん、三原さんの次で舞台入り口から4つめだったのですが、例えば魔笛では誰が使うんだろう?ザラストロあたりだろうか?
というのは、楽屋の棚に、魔笛とドン・ジョヴァンニの楽譜が入っていたんですよ。誰の楽譜かなぁ。
ちなみにドン・ジョヴァンニの方はロイヤルオペラ所有の楽譜、魔笛は台詞もあって英語で「The magic flute」とあり、NYのメトロポリタン歌劇場の稽古日程表も一緒になっていました。なんだかすごいな。あと、青ひげ公の城の楽譜もあったな。
これは、楽屋の入り口に張ってある名札ですが、ご覧の通り、ザルツブルク音楽祭のトレードマークも入っています。これ、おみやげにもらって来ちゃいました。うーん。完全におのぼりさんだ。
壁に、こんなものを見つけました。「Ich komme(すぐ行きます)」というボタンがあるの、見えますか?
想像では、呼び出しのアナウンスがかかったあとに、楽屋から舞台に向かうときにこのボタンを押す様になっているんじゃないだろうか。
この写真は、本番直前のAnspielprobe・・・音だし稽古とでも言おうか・・・のものです。30分ほど確認をして終わりました。
前日のGPで、一通りの確認をしているわけですが、マエストロ・アルブレヒトは、アンサンブルでppにして欲しいところを繰り返しやって「オケも大編成で、こんな大きな空間の祝祭大劇場に来たら、小さな声を出しにくくなる心理はよくわかるけど、これは本当に勇気の問題なんだ」と、徹底した弱声での表現を要求していました。
さて、本番。
現代物だし、仕方ないとは思いますが、客席は満員にはなりませんでした。でも思ったよりは沢山はいったかな。
わかってはいても日本語の響きは聞き慣れないお客様が多いんだな、という空気が感じられました。日本人のお客さんも多かったですけどね。
舞台奥にあるスクリーンに照明で色々な光が当たるので、その照り返しで結構僕らからも客席が見えたのですが、時間が経つにつれて、聴衆の皆さんがどんどん演奏に引き込まれてきているのがわかりました。
僕の出番は、開始後約40分くらい経ったところ。
高橋淳さんの歌う登とつるんでいる、言ってみれば「不良グループ」の首領です。登は「3号」と呼ばれていて、カウンターテノールのZviは2号、韓国人のキムさんは4号、ウィーン在住の日本人バス平野さんは5号です。
三島由紀夫の原作では、首領と1号は別の人物なんだけど、このオペラでは首領イコール1号になっているみたい。
わかりやすく「不良グループ」と書いてしまいましたが、単なる不良でなく、どの子も裕福な家の子どもで、変にませているのです。「僕らに出来ないことをして見せた『親』が一体いるだろうか」「世界はいくつかの単純な記号と決定で出来上がっている」「生殖は虚構であり、つまり社会そのものも虚構だ」というような主張を持っている少年達です。
1幕の終わりでは、子猫を殺して解剖し、『猫はただ表面だった。この生命はただ猫の振りをしていただけだったのだ』などという感想をくちにします。
全部説明するときりがありませんが、その少年達は、登によって緊急に招集されます。
船乗りだった竜二(三原さんの役)が、船を下りてしまって、房子(まりさんの役)と結婚することになることに、船乗りと船に一種の畏敬の念を持っていた登はいたく失望します。そして、二人の寝室をのぞいているところを見つかった登は、父親となった竜二が、自分を殴らずに許してしまったことに激しい怒りを覚えます。それで仲間を集めてそのはなしをするわけです。
それを聞いた首領は「しかたない。処刑しよう』とあっさり言います。「これがあの船乗りをもう一度君の英雄にする、唯一の手段だ」と。
最後のアンサンブルは、睡眠薬入りの紅茶を飲まされた竜二が、おそらくもうろうとしながら自分の想い、人生、夢を語るのです。そして子ども達はのこぎり、ナイフ、ロープなど、考え得る武器を手にじりじりと竜二にせまっていくところで幕となります。
僕の歌う首領が、自分たちが13歳で、いかに法律で守られているかを説く場面もありますが、2003年の日本での演奏の時期に、凶悪な少年犯罪があって、イメージがダブってしまった人も多いようですね。
とまぁ、少年とはいえ、かなりの『悪役』ですので、表現も少しそういう意味では工夫しました。といっても、単純にいじわるな「悪者声」にしてしまうのは、キャラクター作りによって音楽のエネルギーを殺してしまう危険があります。あくまで正統派の声で、でも呼吸や発語などの部分で、一筋縄でいかない複雑な人格が聞こえるように心がけました。アンサンブルが多いんだけど、意外にソロ部分が多いので、色々な音色を試すことが出来たのは良かったです。
演奏が終わった途端に、すごいブラボーの嵐になり、こちらが面食らいました。これほどしっかりこの作品を受け止めてもらえるとは思っていなかったのです。
指揮のマエストロ・アルブレヒトが作曲者ヘンツェをカーテンコールで紹介したこともあり、客席はスタンディングオベーションになり、すごく興奮度の高いカーテンコールでしたねー。びっくりしました。
オーケストラは本当にうまかった。あんなに難しい音楽なのに、ニュアンスを決して失わないし、本番でのミスがすごく少ない。集中力がすごいです。
クラシック・ジャパンのHPに公演の記録が載っています。リンクを張っておきますので、ご覧下さいね。
リハーサルの記事 (僕のことが取り上げられています)
本番の記事
そして、歌い手は本当に素晴らしいメンバーだったです。房子役の緑川まりさん、竜二の三原剛さん、登の高橋淳さん。主役の3人は本当に大変だった思いますが、素晴らしい声と歌いぶりでした。ご一緒できて幸せでした。あと二つの本番も楽しみです。
さぁ、あと2時間足らずでホテルを出発しなくちゃ行けない。他のキャストの皆さんや高島さん達と食事を一緒にしたかったんですが、もう時間がない。知り合いのエージェントが聴きに来ていたりしたので、ちょっとお茶をしたりはしたんですが、もうすぐにホテルに戻って出発の準備。
朝、本番前にチェックアウトしなくちゃ行けなかったのはきつかったなぁ。
ミュンヘンまでまたタクシーで行って、そこから飛行機です。カウンターのZviと二人でミュンヘンまで行きました。
タクシーの中でZviの携帯が鳴って、誰かと思ったらハリー・クプファーからでした。これまたびっくり。Zviはクプファー氏の奥さんに声楽のレッスンを受けているんですよね。コンサートの様子を聞きたかったようです。ベルリンのコンサートにはいらっしゃるようなので、紹介してもらおうかなー。
ミュンヘンの空港のゲート前にこんなものが。何かと思ったら、前のエントリに乗せた、ミュンヘンのサッカースタジアムの縮小したものですね。中はワールドカップなどの情報を見られるブースになっているようでした。
ライプツィヒの空港に着いたのは大体9時くらいだったかな。もう真っ暗。1週間前に出発したときと同じアングルでまた写真を撮ってみました。だからどうだと言うこともないんですけれど。
今回は、1週間空港に車を停めておく方法をとりました。
大体の駐車料金は空港のサイトで調べておきましたが、1週間と7時間と36分で、53ユーロ。これ、安いですよね。
さあ、ゲラに戻ったら、ショスタコーヴィッチのオペレッタの楽譜を見なおさなきゃ。ベルリンの本番の翌日の朝10時から立ち稽古に復帰するのでね。ベルリンの本番のあとに車でもうゲラまで戻るか、翌朝の6時くらいにでるか、どちらにするか迷っています。