ふうう。こういうのも日記に書いていいかなぁ。いいよなぁ・・・。もう書いてるけど。
あんまりこういうの好きじゃない人は読まない方がいいと思います。・・・これも乱暴な言いぐさだな。一応公式サイトと言ったりしてるわけだけど・・・。まぁ、いいか。いや、良くない?
個人攻撃みたいになると良くないと思うけど、まぁこれ、日本語だし、個人名も上げるつもりはないので、書いてみましょう。しつこいけど、読みたくない人は読むのやめてねー。
歌曲の世界って、僕にとってはピアニストと二人だけで作り上げられる、ある意味の「親密さ」が魅力の一つです。でも、この親密さは、ピアニストと目的意識が一致してはじめて生まれるものなんですよね。日本では服部容子さんという、親友でもありながら、音楽家としても全面的に信頼できるピアニストとシリーズを組んでコンサートを出来る僕は、なんという幸せ者なんだろうと、いつも思っています。
でも、そうでない例もあるわけですね・・・。
いやぁドイツ人って、頑固な人が多いです。十把一絡げにするのは良くないけど、やっぱりそういう印象はある。音楽や演奏の伝統がしっかり守られているのも、これと無関係ではないから、悪いことばかりじゃないんだけどね。特に年配の方だと、それまで自分が貫いてきた演奏スタイルを変えたくなかったり、変えようとしても変えられなかったりと、まぁ柔軟ではなかったりする人が結構多い。徒弟制度からくるドイツ社会の硬直もやっぱりこういう気質と関係なくはないでしょうね。
親密なリートの世界だからこそ、(オペラのように大勢の参加者がいて妥協が不可避なのと違うから)僕はリートを歌うときは妥協がしにくいんですね。・・・そか、僕も頑固なんだな。つまりは。
まぁでも。
R.シュトラウスという作曲家に、またその作品に僕も思い入れがあるし、余計に妥協しにくくて、稽古が辛い今日この頃でして、ちょっと愚痴ってみました。
近代、あるいは後期ロマン派ですから、ありとあらゆる指示が楽譜に書き込まれていて、それを本当に無私の境地でこのスコアの再現に努めてはじめてシュトラウスの音楽が流れ出す、というのが僕の見解ですが、そこがちょっと一致しなくてね。クレッシェンドがあると自動的にアッチェレランドになっちゃったり、音符が長くなるとテンポを端折っちゃったり、あるいは僕には必要ないと思えるアゴーギクを頻繁に入れられると、僕は自分の音楽が全く出来なくなって異議を唱えざるを得ない。
で、まずいのはね、ここで意見が割れれば別の解決を目指すんだけど、ピアニスト側が僕の意見をもっともだと受け入れて、そのつもりになってそう演奏してくれると、そういうつもりで稽古が進むでしょ。でもその箇所がまた来ると申し合わせたことはすっかりどこかへ消え去っていて、僕は五万回おんなじことを言う羽目になる。
弾いた本人はそれでも、自分が申し合わせを無視したという認識がなくて、その上僕に文句を言われるから、まぁ気分が悪いでしょうね。録音して聞いたりしてくれれば一発なんだけどね・・・。
ピアニスティックにはとても素晴らしいだけに残念なんですよねぇ。
とまぁ、ここまでが前段で(まだあんの?ってかんじ?)
一昨日の合わせの時、僕は声が疲れておりまして、しかも朝の9時半からの合わせだったので、前もって「今日はのどの調子が悪いから、ちょっと音程や発音が不安定かもしれませんけど、勘弁してくださいね」って言っておきました。
コレペティという仕事も長くやっていた人で、歌手の音程が悪い、あるいは発音が不明瞭だと演奏を止めて指摘する、という行為をほとんど脊髄反射でやる人なので、こう言っておかないと稽古にならないと思ったのでした。歌手としては、不調と戦いつつ音程と発音の事ばかり考えていると、内容的な稽古に全然ならないから、二人の音楽的見解をあわせていくのが主目的である稽古が意味なくなっちゃうでしょ。
そういうわけで、僕は自分の方向性を示すためにそういうところを強調して演奏したり、調子が悪いから声を抜いたりする。すると脊髄反射で、「子音が聞こえない」「だから子音のためにそこはルバートしよう」(だからルバートしたくないんだってば・・・)などの提案が来る。
一応「本調子ならちゃんと僕の子音は聞こえますから。申し上げた通り今日は調子が・・・」というと「そうでしたそうでした。忘れてました」と。
でも、これもある一定回数以上繰り返されると、こっちも頭がぐるぐるしてくるんですよね。
それにくわえて、自分が勝手にアゴーギクをつけて、理由なく速くなったているところで「そこ、遅れてますよ!」とか、逆に勝手に遅くしておいて「早すぎる!」とか言われると、めまいもしてくる。そういうところは「そこはあなたが速くなっていますよ」とか一応言うのだが、やはりお構いなしに音程の不安定なところで演奏を止めて指摘されたりすると、不調だからと断ったとはいえ、音程が不安定なのは歌手の問題だから歯ぎしりしながらも「わかりました」と言うしかない。うががっ。
挙げ句の果てに、ある箇所で、僕がルバートしたくないと言っているのに「いや、しないとダメだここは」と固く主張して弾きはじめちゃうんですよね。僕はいやだから歌わない。押し問答。「hängenのhが聞こえない」「聞こえます」「いや、聞こえない」「今は少し弱かったかもしれないけど、ちゃんと聞こえる様に歌います。子音のためのルバートはしたくありません」「ルバートしなくちゃ聞こえない」「作曲家はここでルバートを望んでいません。ルバートはしません」「いや、しなくちゃ歌詞が聞こえない!発音が第一なんだから!」・・・で、キレました。
「発音、発音って、それが一番大事なら朗読すればいい!僕らは音楽をしているんだ。だいたい、今日は調子が悪いから、発音と音程は少し大目に見てくれと前もってお願いしたのに、少しでも発音と音程がぶれるとすぐに演奏を止めて直しにかかられたら、合わせになりません。これはコレペティじゃなくて合わせなんですよ。それに僕はあなたの生徒じゃありません!」と怒鳴る羽目になってしまった。さすがにこれには心を痛めたのか「そんな風に思ったことは一度もありませんよ・・・申し訳ない」と言われるのだが・・・。もうピアニッシモとフォルティッシモの往復で声のコントロールだけでかなり神経が疲労するのに、この一言を言ってしまったことで自分も若干ショックを受けて疲労は倍増。アンコールの練習はやめて帰ってきました・・・。
悪い人じゃないんですけどねぇ・・・ふう。
うわ
…… えっと… お察しします。
そういうときに、頑固に辛抱強くなれなくて、
つい妥協してピアニストにあわせて
「伴唱」してしまって何度自己嫌悪に陥ったことか…。
んー
あー
… お疲れさまです …
うんうん。わかるわかる。
前もってそうやって断っておくと、よけいにそこにこだわってくる人っているいる!何も言わないで始めれば良かったとあとで後悔するんだけど、でも言っておかないと「何で最初に言ってくれなかったの」と言われたりね。
確かに相性ってありますよね。私みたいな卵でも「むむむっ」て感じることはあります。とは言っても、反論できる知識や経験がないので感じるだけで相手に合わせてしまう気弱な私ですが・・・。恥
それにしても、服部さんは素晴らしいですよね?。小森さんに大感謝です!
>ぴよきちさん
お久しぶりです。うーん。わかってもらえて嬉しいです。同じ苦しみを味わった人にそういってもらえると気が楽になりますよ〜。ありがとう〜。
>ぴかままさん
そうだね。そう言うこともあったのかもしれない。でも結局どっちのパターンでもうまく行かないということだよな・・・。
>姉御さん
そう、容子さん素晴らしいでしょー。
でも、そう言う恵まれた環境に慣れちゃうと余計にこういうのが辛いんだよねー。