Stamm(シュタム)教授の退官コンサート

少し前のことになりますが、去る6月に、僕がベルリン芸術大学でお世話になったシュタム教授の退官記念コンサートがありました。僕も卒業生としてはせ参じ、一曲歌ってきましたよ。


僕がベルリン芸術大学に入ったのは96年の1月。受験だけは95年の2月にベルリンにわざわざ来て済ませておいたのですが、実際の留学は95年の12月からだったので、合格後に入学を延期したわけです。
(余談ですが、この受験の時は、日本R.シュトラウス協会と東京オペラプロデュースの共同公演、R.シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」の稽古の真っ最中でした。音楽教師の役を歌ったのですが、立ち稽古の真っ最中に1週間抜けるなんて、なんて顰蹙な事をしたんだろうと、今考えると寒くなります。指揮の若杉弘先生も、演出の平尾力哉先生も笑顔で送りだして下さいましたが・・・。で、よく考えると去年12月の新国立劇場・二期会の共催公演「ナクソス島のアリアドネ」の時も、立ち稽古の途中で1週間以上抜けているのです。アルテンブルクでの「死の都市」プレミエがどうしてもはずせなくて。この一公演のためにドイツに戻ったんですよね。なんだか僕が日本で「ナクソス島のアリアドネ」を歌うと、「必ず立ち稽古を1週間抜ける」と言うジンクスが生まれそうだ。)
まず僕がついた先生は、シュラム教授。バリトンで、ソプラノの森川栄子さんが紹介してくれたのです。とても誠実な、厳格な発声のメソッドを持っている先生だったのだけれど、ちょっとレパートリーがあわなかったりしたこともあり、約2年後にシュタム教授のクラスへ移りました。
このシュタム教授は、日本でも「トリスタンとイゾルデ」のマルケ王などを歌っていますが、とにかくオペラ歌手として世界を股に掛けて歌っている人で、歌ったことのない劇場は数えるほどしかないとか。僕はシュタム教授の舞台はベルリン・ドイチェ・オパーでの「ローエングリン」のハインリヒ王しか見たことがありませんでしたが、風格のある姿と声で圧倒的な存在感でした。
とにかく美声なんですよね。レッスンでも良く歌って下さるんだけど。僕がリゴレットのアリアを持っていったときなんか、バスなのに上のGまでしっかり出してましたよ。すごい声だった。暖かみのある、人柄がにじみ出ているような美声です。
クラスの雰囲気もシュタム教授の正確を反映しているのか開放的で、クラスの発表会や、シュタム教授の企画で学校以外の場所でもコンサートを時々やったりして、なかなか楽しかったです。
何しろ劇場人として、長く劇場に携わっている人ですから、時々聞ける体験談はとても貴重でした。また僕が劇場で働くようになった今も、例えば客演休暇を取るときのこつや注意事項、契約を更新するときに気をつけることなど、先輩として多くのアドヴァイスをくださいました。これは本当に今でも参考になっています。
今回のコンサートは、退官記念コンサートとは言いましたが、本来はクラスの発表会で、シュタム教授自身は歌いませんでした。一曲歌ってくれればいいのになぁなんて思いましたけど。
だからシュタム教授の最後のクラス発表会に卒業生が何人か飛び入り(乱入?)するという形になりました。卒業組では、僕が大学のプロダクションで「エフゲニ・オネーギン」のタイトル・ロールを歌ったときに一緒に舞台に立った懐かしい顔ぶれもいました。タティアナをうたったタティアナ(これ本名)、グレーミン公爵をうたったイェルン。それ以外にもソプラノのブリギット、中国にもう戻って、たまたまベルリンに旅行できていたツァオなど。それぞれが自分のお得意の曲を披露しました。
僕はオペラ「道化師」からトニオの歌うプロローグを歌いました。この曲、学生の頃に同じベルリン音大のホールで歌って、今ひとつだったので自分としては名誉挽回というか(まぁ誰もおぼえていないと思いますが)そんなつもりで選びました。
国際色豊かですよね。僕がクラスにいた頃は、アジア人は僕とソプラノの角田祐子さん、日本人二人だけだったんですが、このコンサートの時は韓国人と中国人で5人もいたようです。
角田祐子さんは、ご存じの方もいらっしゃるかも知れませんが、現在ハノーファーのニーダーザクセン州立歌劇場の専属歌手として活躍しています。時々うちの掲示板にも顔を出してくれていますね。祐子ちゃんもきっとこのコンサートでは歌ってくれるものだと思っていたのですが、彼女はシュタムのクラスから途中でジュリー・カウフマンのクラスに移った事を考えてか、シュタムの退官のお祝いにはせ参じてくれたものの歌声を聞かせてはくれませんでした。残念!
そう、ジュリー・カウフマン教授。日本でもファンは多いのではないでしょうか。僕にとっては、1988年(だったと思う)のバイエルン州立歌劇場の日本公演で、僕の大好きな「アラベッラ」日本初演で素晴らしいズデンカを歌ったソプラノとして記憶されています。この公演はNHKでも放映されましたね。
カウフマンは僕がちょうどベルリンを去る少し前にベルリン芸術大学の教授になりました。その前はミュンヘンで教えていたようです。僕は歌手としてもちろん知っていたし、祐子ちゃんをはじめとする友人が何人かカウフマン門下だったので、話はいろいろ聞いていましたが、直接本人と話したことはありませんでした。今回のコンサートの客席でカウフマンを見かけて「あっ、有名人!」なんて思っていたのです。
演奏会が終わって、打ち上げの会場に行ってみたら、そのイタリアンレストランの入り口のところでカウフマンが僕を待ちかまえていました。彼女の方から握手を求めてきたので、ミーハーな私は「僕、あなたのこと知っています。」と、そのアラベッラを観たこと等を話しました。ちょっとびっくりしていたけど。
カウフマンはその日の僕の演奏を聴いて、「素晴らしかった。あなたは本当に『心から』歌っていました。あなたを聴くためだけにでも私はこのコンサートに来た甲斐があった!」との絶賛のお言葉。有名人から(しかしミーハーだな)、というか僕自身が敬愛する芸術家にこんなに誉められちゃって、大感激。
実はこの日の演奏は完璧なリベンジ成らず、という感じで、ちょっと反省点が残ったのです。のちのロンドンのレッスンですっかり解決した問題なんだけど。残念。でもしょうがないですよね、こういうの。

とはいえ、カウフマンだけでなくて他の教授陣(シュタムの退官記念と言うことだったので、日曜にも関わらず沢山大学の先生方が来ていた)からもずいぶん誉めてもらいましたが、以前の学生の時の僕を知っている人からすれば、ゲラで数年歌った後の進歩というのは、やはり聞き取るに充分なものだったのだとは思います。まぁそれで良しとするべし。

写真は、そのうち上げの会場で、シュタム教授、ソプラノの角田祐子さん、やはりソプラノのマルティナ(この日は歌わなかったけど、オペレッタをすごく上手に歌う人)と僕です。

そうだ。なんでカウフマンと一緒に写真を撮らなかったんだろう・・・。無念(いつまでもミーハー)。それから今、これを書きながら気がついたんだけど、この間新国立劇場の「ナクソス島のアリアドネ」で共演したシンディアは、カウフマンがズデンカを歌ったアラベッラでフィアカー・ミリを歌っていたんだった。そのことも言えば良かった・・・。
(2003.8.16)

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