健登が通っているヴァルドルフ幼稚園の父母会に行って来ました。僕が行くのは初めてのことで、ちょうど稽古がなかったので行けることになったのですが、今回はドレスデンのアントロポゾフィー医師のDr.ゼーフリートがお話をしてくれる会で、とても興味があり行けてよかったです。
健登は以前にこの医師に教えてもらった薬で、夜中の無呼吸状態が劇的に改善したことがありました。今回の様なお話の会が半年か一年前にあって、その時に登紀子が、「うちの子が扁桃腺が大きいようで、睡眠中に無呼吸状態になることが多く、手術を勧められている」と話して助言を求めただけなのですが、すぐにある薬を教えてくれて、それをあげたその夜からイビキがぴたりと止まったのです。当時僕らは、ろくに話もしていないのにこれはどういうことかと非常に驚きました。
この薬はWALAという会社が出しているもので、方向性は言ってみれば、僕らがやっていてこのHPでも時々触れている「ホメオパシー」に似ています。でも完全にホメオパシーの理論に含まれているものではなく、ヴァルドルフ幼稚園の設立者でもあるドイツの哲学者ルドルフ・シュタイナーが打ち立てたアントロポゾフィー(人智学と訳されますが)という学問の中の医学にしたがって薬を作っている会社です。(哲学者と書きましたが、シュタイナーは彼自身の理論の名を取って人智学者とも言われます)
さて、この日のテーマは「Salutogenese」。日本語では「健康生成論」と訳されているようです。ちょっと難しそうな感じですね。話をしてみたら、ドイツ人同僚もこの言葉を知らない人が多かったです。語源的に解釈するとSalusは幸せ、平安、救済、geneseは発生、という様な意味合いになります。
これは10年ほど前に亡くなったアメリカの研修者アーロン・アントノフスキーが提唱したもので、ゼーフリート医師はこの理論とシュタイナー理論を関連づけて話をしてくれました。
平たく言うと、どうやって「健康」を作っていくか、という考え方です。従来は健康というのは疾病の逆の状態と言うことで、病気になったときにどうやってなおすか、という考え方が中心ですね。そうでなくて、健康を積極的に作っていくという考え方です。
そして、どうやったらそれが出来るのか。
例えば、たばこを吸うと肺ガンになりやすいという。でも同じだけたばこを吸った人が同じように肺ガンになるわけでない。もちろん遺伝子レベルでの違いがまずありますが、それだけでは決してない。食べ物や環境の違いももちろん影響するでしょうが、それも唯一の決定的な要素ではないとすると・・・言ってみれば「生き方」の違いがその発病に至るかどうかに大きく影響するんじゃないだろうか、という様な観点ですね。
よりわかりやすい例は、と考えると、例えば、ストレスを受けたときにそれで病気にならない人と病気になる人がいる。ストレス自体は病的なものではなく、受け手の処理によってはストレスが中立的、あるいは健康増進にさえつながる、という様な考え方ですね。ストレスという言葉を「刺激」と置き換えてみるとわかりやすいかも知れません。
さて、でも大体「健康」ってなんでしょうか?
ちょっとこのゼーフリート医師のお話の後気になって、インターネットで色々と調べてみました。
WHO(世界保健機関)・・・懐かしい単語だなぁ。こんな単語を使うのは学生の時以来かな・・・は1946年に、WHO憲章というかたちで、健康を以下の様に定義したようです。
「完全な身体的、精神的、社会的に良好な状態を言い、単に疾病あるいは病弱でないということではない」
でも、現代では、この定義が健康である、あるいはこの定義での健康を目指して治療を勧めていくというのはほぼ不可能という考え方が大勢を占めるようです。そりゃそうだ。病気と共に生きていく、というケースの方が全然多いでしょう。
どうしてこのアントノフスキーがこの考えにたどり着いたか。彼はイスラエルである調査をしました。強制収容所に収容されて生き延びた女性のグループと、そうでない普通の女性のグループの健康状態を調べて比較したのです。結果としては収容所体験者の29%、普通のグループの51%が良好な精神的健康を保っていたようですが、この二つの数字の開きに注目するのでなく、29%という数字に注目したのがアントノフスキーの凄いところです。
強制収容所で地獄の様な体験をした上に戦争後は戦争難民として過ごし、イスラエルの建国、その上3度の戦争という過酷きわまる経験をしたにもかかわらず29%の女性が健康でいられる、という事実に彼は注目したのです。この事実を受け止めきれず、アントノフスキーはしばらく研究者としての活動を休止する羽目にすらなったそうです。
そしてアントノフスキーがその後この健康生成論を発表したのは1979年のことです。
この理論を紹介することが目的ではないので詳しい内容については割愛しますが、興味深かったのは、アントノフスキーが提唱した3つのポイントが、シュタイナー教育の中で7年ごとに区切られた3つの成長期と呼応している様に思われたことです。
アントノフスキーの提唱した3つのポイントは、
1.理解する力 Verstehbarkeit
2.有意義さへの意識 Sinnhaftigkeit
3.処理をする力 Bewaeltigbarkeit
だということで、これまた僕の個人的、実際的な理解を平たく言い換えると、「自分の状況を正しく理解して、各要素の重要性、有意義さを意識して、行動する」というようなことが求められているようです。
こう書くと「なんだか当たり前だ」と思いますが、これがつまりは難しくて、でも大事なことなんだと思います。
ご存知の方も多いかも知れませんが、シュタイナー教育での3つの成長期は、7歳まで、14歳まで、21歳までの各7年間です。乱暴に平たくすると、そして最初の7年間は「意志(Wille)」、次の7年間は「感覚・感情(Gefuehl)」、3つ目の7年間は「思考(Denken)」を育てる時期だという。
ゼーフリート医師の説明によれば、これら3つの成長期はそれぞれ次の様に体の成長と呼応するとのこと。
7歳まで 意志 SGS Salutogenetisches System(健康生成システム)
14歳まで 感覚・感情 RHS Rhytmisches System(リズムのシステム)
21歳まで 思考 NS Nerfensystem(神経のシステム)
面白いのは、アントノフスキーの主張の3つのポイントと順番が逆になっているんですね。
僕がシュタイナー関係の本を読み始めてまず引っかかったことの一つは「意志=行動」という理解の仕方をしていることです。ある本にはこう書いてありました。
「1歳の子供がお皿にお菓子があるのを見たとき『あ、お菓子があるぞ。おいしそうだな。食べていいのかな。お母さんもいないし、食べちゃおう』とは決して思いません。お菓子を見つけたのとほぼ同時に、そのお菓子はもう口の中にあるのです。このおやつを口の中に運んだのが、意志の力です」
僕は膝をたたきましたね。なんと明快なんでしょう。そして意志とは行動である故、7歳までの時期は、行動の時期なのです。ゼーフリート医師はまた子供へのテレビの害にも言及し、「もちろん番組の質の問題はある。でもテレビを見ているとき、子供は動いていない。7歳までの子供がするべき遊びは『行動する遊び』なのです。」
これまた明快でした。シュタイナー教育では7歳までの子供にテレビを見ることを禁じています。僕らもシュタイナー教育に感化されて(!)からは健登にテレビを見せていません。髪の毛を切るときだけだね。まっすぐ向いていてもらうのに、他の方法がまだ思いつかない。
前に掲示板でも、ちょっと話題になりましたが、シュタイナー教育というのはテレビに関することだけでなく、かなり独特というか、今の社会の向いている方向に必ずしも迎合していない要素が多くあるので、反対意見もかなり激しくあります。
たとえば、7歳までの第1期に、字を教えることをしません。今じゃ日本だと「お受験」なる言葉がよく聞かれるようですが、幼稚園にはいるための塾があるとか・・・。(まぁそういう僕も小学校を受験する準備を幼稚園でしていたそうですが)7歳まで字を教えないなんて「言語道断!」と怒られてしまいそうです。
この辺を書き始めるときりがないのでこれはここでやめます。
そしてこの「行動」との関連ですが、やはりアメリカの医師でディーン・オルニシュという人が、動脈硬化症へ画期的な治療を行ったようです。なんと薬品の投与なしで、80%の患者が好転して、動脈硬化が全くなくなった患者もいたとか。
その治療法というのが、食事療法、対話療法、瞑想、そして運動なんですね。行動ですよ。うーむ。これは現代医学では説明出来ないみたいですよ。
「心臓医療の革命」とか「愛による癒し」という本が出ているようです。
人間の生きる力というのは凄いんだな、と思わされた体験でした。
僕らが、結構差し迫った必要性をもって興味を持ち始めたシュタイナー教育とホメオパシー。子供の健康と、人生の折り返し点を過ぎたと思われる我々夫婦の健康、両方を真剣に考えるじきに来ていて、これからもこのテーマに関しては、機会があるときに考えていきたいと思っています。
(2004.10.07)