日曜日に健登の誕生日パーティー、月曜日に「魔笛」の本番を終えて、今度はCDのレコーディングです。本来は月曜日の「魔笛」の本番終了後にすぐ出発して、レコーディングの行われるフランクフルト・アン・デア・オーダーに向かうはずだったのですが、演奏に関わる楽器の組み合わせの関係で、僕の曲の録音が両方とも水曜日に変更になり、それに伴って僕の現地入りも火曜日でよいという事になりました。
本番のあとすぐに車で300km以上走るのは結構しんどいと思ったし、その上次の日に録音ではさらにきついと思っていたので、この変更はありがたかったですね。
このフランクフルト・アン・デア・オーダーというのはポーランドとの国境の町なんですが、ゲラからは330kmというところで、車で3時間くらいでした。火曜日の午後に到着し、すぐに指揮者とのピアノでの稽古がありました。ここでピアニストが日本人だったのでびっくり。最初は名前を聞き間違えて、中国人だと思いこみ、ドイツ語で会話を交わしていたんだけど、彼女が何かわからないことがあった時に「えーと」と言ったので、「あれ、日本の方ですか?」と聞いたら「そうですよー」ということに。
めずらしく、ベルリンの音大でコレペティトアとして勉強している方だそうで、コレペティらしい、オーケストラ的なピアノを弾いてくれました。ラインスベルク音楽祭の主宰者であるマットゥスさんの奥さんから聞いた話では、ラインスベルク音楽祭のオーディションを連日彼女が弾いてくれたそうです。ラインスベルク音楽祭のオーディションはドイツのみならず全世界から何百人もが集まるオーディションですから、それをさばいた彼女の力量はすごいです。
さて、このCDですが、今年で15周年を迎えるラインスベルク音楽祭が記念のCDを出すことになり、僕にも声がかかりました。今までの参加者の中からソプラノ二人、メゾ・ソプラノ、テノール、バリトン、バスが各一人で合計6人選ばれたわけで、これは大変名誉なことです。
ご存知の方も多いかと思いますが、このラインスベルク音楽祭はヨーロッパのオペラ歌手の登竜門としてもう知らぬものはないくらいで、日本人としてここをへてプロの舞台に羽ばたいていた人が何人もいます。
僕は主宰者のマットゥス夫妻にとても良くしてもらっていて、10周年記念の「ラインスベルクからメトへ」というガラ・コンサートにも出演しました。これはちょうどゲラに来る直前でしたね。
今回の録音では6人の歌手が2曲のアリアを歌うと言うことで、僕はリゴレットのアリアと、マスネ作曲の「エロディアード」というあまり有名でないオペラからアリアを歌いました。
もともとマットゥスさんの希望としては、僕のヴォータンが挙がったのですが、これはすごく大きなオーケストラが必要になるので、今回協力してくれるフランクフルト・アン・デア・オーダーの州立オーケストラではちょっと問題があるという事でボツになりました。
この、ヴォータンとはもちろん楽劇「ヴァルキューレ」の「ヴォータンの別れ」のことですが、普通このヴォータンというのはすごく重いバス・バリトンによって歌われることが多いのに、僕が歌ったこの「ヴォータンの別れ」の録音を聞いたマットゥス夫人が「これこそ私の思い描くヴォータンの理想像だ!」と言って下さったのは、とても嬉しいことだし、ある意味興味深いことでもありました。僕の声は決してバス・バリトンではないけれど、これらのレパートリーに必要な深い響きを出すためにちょっと特殊な技術でカバーしているようなところがあるので、それがドイツ人の耳にそう響くというのは、僕にとっては大きな自信にもなりましたね。この「ヴォータンの別れ」は夏のデュオ・リサイタルでも歌います。ご期待下さい。
いや、話がそれた。リゴレットとエロディアードだ。
一応両方とも既にオーケストラで歌っている曲だし、あまり緊張はなかったのですが、これは大きかった。想像はしていたし、ベルリンの音大でのスタジオ録音の経験からしても、録音のために歌うと言うことは違う集中力を要求される作業で、難しい要素はあるわけです。でも、この二つのアリアは、自分として体に入っていたので、その辺の舵取りがうまくできたと思う。
とくにエロディアードは難しい上に無名なオペラだからオーケストラの団員さん達にとっては、録音でOKが出るようにすっきりアンサンブルができるまでにかなり時間がかかった。僕も毎度毎度フル・ヴォイスでは歌っていなかったんだけど、本気で歌ってあわなくて取り直し、と言うプロセスは声の消耗の上に気持ち的にも疲れるので、大変良くない。それでがっくり来ないようにうまくもっていくのはむずかしかった。
まぁできあがった録音を聞かないと何とも言えないけど、感触としては両方ともかなりうまく言ったと思います。
ところでこの、フランクフルト・アン・デア・オーダーの州立オーケストラには日本人奏者が二人いて、二人とも同じ名前で同じ楽器。このお二人は車で1時間くらいのベルリンにお住まいなのですが、実は同じ名前の同じ楽器の奏者がもう一人ベルリンにいて、面白いことがあるもんだなぁと思いました。
今回、リゴレットのアリアでは最後の部分が僕の声とイングリッシュ・ホルンがハモってずっと一緒のフレージングなのですが、それを演奏するのがその日本人の方で、思わぬところで久しぶりの共演となりました。
久しぶりというのはどういう事かというと、実は芸大時代にすでにご一緒しているのです。僕はカンタンティ・コミチというオペラ団体を主宰していたのだけど、このオーケストラで演奏してくれていたのです。もう18年前の話です。思わぬ再会に驚きました。
彼の方は、音楽雑誌に出た僕の批評記事なども見てくれていたそうで、録音のあとにゆっくりお話しする時間があって、よかったです。
このCD、出来が良ければですが、日本でも販売しようかと思って、今方法を考えています。他の5人の歌手もラインスベルク音楽祭出身の、前途洋々たる若い歌手ばかりだし、きっと興味を持って下さる方もいらっしゃると思うんですよね。夏のデュオ・リサイタルの会場でそういうコーナーを設けようかな。