そう、これが正にここのところ、一番の心配事でした。
来シーズンからは劇場首脳陣が総入れ替えになるので、歌手もかなり入れ替わるのが通例なのです。僕の契約はもちろん終身雇用ではないし(15年勤め上げると終身雇用になる)、契約の条件から言ってソリストというのは一番首を切りやすいですから、僕が知っている例でも、能力が必ずしも問題なくても首を切られるソロ歌手というのは沢山いるのです。これがソリストの厳しさですね。
勤続年数が8年以下の被雇用者を来シーズンからやめさせるには、インテンダントは10月14日までに話し合いの場を持たねばなりません。その通達を3日前までにする必要があるので、11日までに通達をせねばなりません。
14日は今日だったわけで、今日は次期インテンダントのマティアス・オルダーグは多くの人と話をしたはずです。僕のところにはその手紙は来ませんでしたから、僕の契約は同じコンディションで延長されたことになります。本当にほっと胸をなで下ろしました。
今のところ、この劇場の看板歌手という扱いだけど、こういうのは結構好みの問題だし、大体インテンダントが東洋人嫌いだったり、お抱えのバリトン歌手がいたら、僕の歌手としての能力はもう関係なく、クビですから、本当にずっと落ち着きませんでした。
前にもちょっと描きましたが、次期インテンダントのマティアス・オルダーグとは、既にいくつか一緒に仕事をしているので、知らない人ではありません。「死の都市」、「フィレンツェの悲劇」、「ブロウチェク氏の旅」を一緒にやりました。今稽古している「ヴァネッサ」も彼の演出です。
演出家としての稽古場での彼と、インテンダントとしての彼はまた違うので、知っている人だからといって安心できる感じではありませんでした。事実、僕が知っているだけで5人のソロ歌手が解雇されています。しかもそのうち2人は本来終身雇用なのですね。
終身雇用の人をどうしてクビに出来るのか?彼らは劇場で働き続ける権利はあっても、契約の内容に関しては保障されていない。だから劇場の他のポジションに行く様に指示され、それを断ったので劇場を去ることになるわけです。
ダンサーなどは特に職業としての寿命が短いわけですが、踊れなくなったダンサーが舞台監督になったり、客席のドアマンというかもぎりをやっている例は多いですね。ポジションを替えて雇用関係が続くわけです。
ソロ歌手の5人だけでなく、多くの人が劇場を去ることになりそうです。これが正に「インテンダント交代」というイベントなんですね。劇場につきもののドラマです。僕達にとっても、絶対にゲラに居続けていて欲しい人が解雇されています。だから僕は自分のことで喜んでばかりはいられないし、日記にこれを書くのもどうかと思ったけど、ある意味で劇場人の運命という部分でもあるし、僕がもし解雇されたときもそれをきちんと受け止めなくちゃいけないな、という気持ちも込めて、書きました。それから、日本にいらっしゃる皆さんに僕のドイツでの状況をお伝えする義務もありますから。
やめていく人の分まで頑張って、この劇場をもり立てていきたいと思います。