ショスタコーヴィッチのオペレッタ、稽古は進む

全然このプロダクションのことを書いていませんでしたね。
来シーズンから劇場の首脳陣が総入れ替えになる話は何度か書いたと思いますが、その新首脳陣のいわば「お披露目」プロダクションとなるのがこのオペラです。
ショスタコーヴィッチ唯一のオペレッタで、「モスクワ、チェルヨムシュキ」というタイトルなのですが、次期インテンダント(総裁)のマティアス・オルダーグ氏はどうしてもタイトルを「モスクワ、モスクワ」にしたいそうで、そういうタイトルで上演されることになりそうです。
今年はショスタコーヴィッチ の記念の年なんですよね。いま、wikipedia で調べたら、生誕100年なんだ。近郊のヴァイマールでも「ムツェンスクのマクベス夫人」が上演されて評判になっているようですが、我々のところでは世にも珍しいショスタコーヴィッチのオペレッタというわけで。


このチェルヨムシュキというのは、モスクワの地区の名前だそうで。このチェルヨムシュキ地区に住居を手に入れる際のどたばたオペレッタです。
これは、背景となるソビエト時代のモスクワの状況が理解されていないと、笑えるところも笑えない、みたいな部分があって、ある意味すごくローカルなオペレッタですね・・・。
僕も十分には理解できていないところもあるのかも知れないけど、僕も旧東ドイツに住んでもうまる6年ですから、結構「東的」ギャグはわかるようになっています。ははは。


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当時のモスクワでは、要するに誰もが自分の住居を持つことが出来たわけではないようで、寮のようなところで暮らしていた人が多かったと。この作品のドラマトゥルグであるトビアス・ヴォルフ氏や演出家のシュテファン・ピオンテック氏の話だと、この寮での生活は本当にひどいものだったらしい。40人くらいの人間が、眠る場所はそれぞれあったとはいえ、一つの台所、一つのトイレ、一つの玄関を共有して、プライバシーなんてあったもんじゃないと。とにかくトイレにはいつも列があったとか。


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オペレッタの中で僕の台詞で、僕の演じるアレキサンダー・ペトロヴィッチ・ブベンツォフ氏が、妻のマーシャと住居を手に入れたあとのシーンで面白いのがあります。
玄関の呼び鈴が鳴るんだけど「あれ、うちの呼び鈴だよ。もう自分の家なんだから、なったらいつも僕らのお客さんなんだよ」「そうか、もう呼び鈴が何度鳴ったか数えなくて良いんだ」と。
つまり、モールス信号みたいに、呼び鈴の鳴るパターンによって、誰が呼ばれているかを判別するルールになっていたという事ですよね。
 
そもそも、僕ら夫婦が家をもらえたのは、古いすみかの寮の屋根が落っこちたからなのです(家に住めなくなったら新しいのをもらうしかないからね) が、その時に、屋根が落ちて「万歳!」と叫ぶ僕らを見て「あーあの人ショックで頭がおかしくなっちゃったんだ」という人がいるんだけど、僕らはオペレッタの最初から、家が壊れるのをひたすら待っているんだよね・・・。
 
写真は、舞台装置のスケッチと舞台モデルの写真です。

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