ワルキューレの準備

今は劇場の仕事は若干落ち着き気味。本番はありますが、稽古はローエングリンのコレペティ(個人稽古)が中心です。で、ワルキューレの準備なども進めておるわけですが、やっぱりこの作品、ただ者ではないというかただ事ではないというか、大変な作品ですね・・・


僕はこの役は夢の役として、しかし歌う日が本当に来るのかどうかは半信半疑だったのですが、それが来てしまった。しかもこんなに早くチャンスに恵まれるとは思ってませんでした。今回はその上プレミエの組に入ってますから、より重い責任があります。今までずっと若手組の方で歌ってきたわけですが、その時のようにチャレンジ精神だけではいけない。プロダクション全体に対して責任が出てくる。あ〜武者震い。
劇場のコレペティトアの一人、オラフ・クレーガー氏に空いている時間にワルキューレのコレペティをしてもらっているのですが、今日もやってもらいました。今日は2幕ね。でもその前にローエングリンの2幕も全部やったので、けっこう疲れた・・・。普通ワーグナーのオペラを二つ並べて個人稽古しませんがね。でもやらんと。まぁスタミナを試してみるのには良いかな。
そう、この作品は声楽的な負担が大変大きい書かれ方をしている上に長丁場で、スタミナは大変大きなポイントです。歌いっぱなしの役、出ずっぱりの役ってのはけっこう歌ってきたけど・・・ヤコプ・レンツ、ニーチェ、シモーネ、どれも短いオペラでした。2時間はない。このヴォータンはもちろんずっと舞台にいるわけじゃないけど、歌い続ける長さが半端じゃない。
しかも、2幕のブリュンヒルデとのシーンはほとんど我慢大会といっていいほどの低音だけのパートが長ーく続いて、そのあと段々上がってきて、後半はかなりエキサイトする。発声技術的にもちょっとしたブレが命取りになります。ヴォータンは楽譜には「Hoher Baß(高めのバス)」とあるけど、僕はバスじゃない。僕のレパートリーは現在、ヘルデン・バリトン(英雄的バリトン。まぁバスバリトンと近いカテゴリー)までを僕はカバーしているのだけど、バスではない。歴代の名ヴォータンはやっぱり大体バスですなぁ。だから、この低音が続くところが僕にとっては鬼門であります。
 
コレペティしてもらうとオラフは、まぁ僕とはラインスベルク音楽祭でのコンサート以来、付き合いも長くて、僕の事をすごく買ってくれているというのが前提としてあるんですが、褒めてくれるばっかりで、あんまりダメ出ししてくれないのよね・・・。ワーグナーファンで自身が作曲家でもあるオラフは、やっぱりコレペティしながらも作品の作曲家としての視点からの分析を聞かせてくれるから、それはすごく参考になるんですけどね。作品に対する愛情を持っているオラフには、言葉のさばき、解釈というか表現の部分で、僕が作業して作ろうとしているヴォータンはすごく気に入っているようです。
僕としては逆に、この辺の解釈だの発音だのはあまり不安みたいなのは(少なくとも今の時点では)無くて、むしろこの難しい声楽パートを体に叩き込みたい。だからとにかく繰り返したいので、また頼むつもりなんですが「え、もう出来てるから良いじゃん」とか言われちゃうんだよな。説得せにゃ。大体、まだ暗譜しとらん。
 
今日は夜に、買ってあってまだ全部見ていないDVDの2幕を見ました。ジョン・トムリンソンのヴォータン。彼のヴォータンはベルリンで本当に何度も見ました。クプファーの演出だけど、このバイロイトのDVDの演出とは違うやつを、毎シーズンみましたね〜。クプファーの演出したワーグナーのオペラは大体好きですが、このリングは本当にすごい。トムリンソンは大好きな歌手だけど、歌唱のスタイリッシュさでは万全に満足はしないかなぁ・・・。ヴォータンの若々しさというか野心家、失策の王みたいなキャラクターとしての部分は秀逸ですね。芝居がうまいです。でも好みは分かれるかも知れないな。いや、あの、バイロイトのヴォータンに対して大上段ですけど。まぁ自分の事は棚に上げるものです、鑑賞する時は。ははは。
僕は、師匠というか薫陶を受けた師にヴォータンが3人いるんです。えへん。まず勝部太先生。学部から大学院まで大変お世話になって、歌手として役者として心から尊敬してます。勝部先生のドン・ジョヴァンニは本当に空前絶後です。あ、ヴォータンか、今の話は。僕は勝部先生のヴァルキューレは見られていないのです・・・。しくしく。ラインの黄金の方のヴォータンは見せていただいたのですが、素晴らしかったです、本当に。気品と荒々しさとを兼ね備えていた、神々しいヴォータンでした。
そして、89年と91年にミュンヘンで師事したハンス・ホッター氏。多分、史上最高のヴォータンでしょう。ホッター先生にはリートしか習えなかったんだけどね。しくしく。
そしてもう一人は、公開レッスンを受けただけだけど、ドナルド・マッキンタイヤー氏。彼もバイロイトのヴォータンですね。産業革命の時代に置き換えたパトリス・シェローの名演出。その公開レッスンの時、彼はベルリン・ドイツオペラの「トンネル・リング」のヴォータンを歌うために来日中で、なんとジークフリートのミーメとの謎かけの部分を歌ってくれたんですよ!!ミーメの同僚も連れてきてくれて。芸大の第6ホールが壊れるかと思うような声だった。僕の「ヴォータン原体験」だったかな、これが。彼は僕のヴォイス・トレーナーのデヴィッド・ハーパーと同様、ニュージーランド出身で、デヴィッドも良く知っているようだったな。新国立劇場ではフンディングを歌ったようですね。

“ワルキューレの準備” への5件の返信

  1. 今まで2,30本程度しかオペラを見ていないこともあって、お恥ずかしながら、ワーグナーものは初めての鑑賞になります。初のワーグナーしかも小森先生のヴォータン!本当に待ち遠しいです!

  2. あのときのミーメってハインツ・ツェドニックじゃなかったかな?僕の記憶違いじゃなきゃいいんだけどね。
    ワルキューレのヴォータンってバスだと今度は上がきつくて大変なんだって。大変な役だけどその分やりがいはあるよね、頑張ってね。

  3. >姉御さん
    ワーグナー、長いですけど、はまるともう面白くて仕方なくなりますよ。メゾも良い役ありますからね。いろいろ見てみて下さい!
     
    >坊主おやじさん
    書き込みありがとうございます。お久しぶりです。
    えーと、そうでしたっけ?ツェドニク氏だったら当時知っていたからわかったかも・・・と思って調べましたら、ホルスト・ヒースターマンという名前が出てきました。僕は知らない歌手(その時聞いたくせに)なんですけど・・・。
     
    はい。頑張ります。ありがとうございます。
    そうですね。確かに普通のバスにはきついんでしょうね。坊主親父さんはヴォータン、あり得ないですか?学生の時に勉強会で聴いたアレコのアリアがいまだに耳に残ってますが、あれってけっこう高いですよね?
    レパートリーはファゾルト、フンディングですよね。聴きたいなぁ。

  4. 2000年から小森さんのファンで、今回のヴォータンは「ああ、ついに来たか・・・」と感慨もひとしおでした。
    ワルキューレは大好きで生の舞台も観ていますが、昨年のMETの引越公演のポラスキ、モリス、ヴォイト、ドミンゴ、パーペという超豪華キャストで大感動しました。
    とりわけモリスは現代では最高のヴォータンかも知れませんね。
    モリス自身はホッターからヴォータンを「ベルカントで歌うように」と教わったそうです。
    小森さんも稀代のヴォータン歌いの方々から教わっているのだからきっとエッセンスのようなものを受け継いでおられると思います。
    私は小森さんが歴史に残るようなヴォータンを歌い演じてくれるものと信じています。

  5. >えーちゃんさん
    ジェームズ・モリスのヴォータンは録音は持ってます。生のモリスは「さまよえるオランダ人」かな。彼は声も芝居もすごいけど、ドイツ語の発音はかなりやくざでっせ。訛りとかのレベルじゃないですね。
    素晴らしい歌手だし、尊敬しているけど。いつかメトのレヴァインの就任何周年とかのガラでヴォータンの別れ歌ってましたね。やっぱり発音はおーい、という感じだったけどかっこよかった。存在感が本当にものすごい人ですね。
    いや、あのそんな歴史に残るとか、そういうのはちょっと・・・とりあえず役に負けないように必死でやっとります。頑張ります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です