二期会ワルキューレ初日終了


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お陰様で、無事に初日を終了いたしました。来て下さった皆さん、スタッフ、出演者の皆さん、本当にありがとうございました。
まだ公演が一回ありますし、気は抜けないのですが、僕としては感慨を禁じえないです。素晴らしいプロダクションに参加させていただいて、本当に幸せです。音楽的にも演劇的にもすごく刺激のあるプロダクションで、共演者も素晴らしい人ばかり。このヴォータンに任せられている音楽の素晴らしさに加えて、演劇的にも大きな責任を任されています。


もう書きたい事がいろいろありすぎて、多分全部は全然かけないですね〜。またエッセイを書かなくちゃね。いつ書くんだ?
ところで、クラシックニュースで舞台写真を載せて下さっているようです。GPの写真です。是非ご覧になって下さい。
 
今回の演出は、ある意味でヴォータンが軸になっていて、ヴォータンの「失策の王」としての存在がドラマの推進力になっています。幕開き、指揮の飯守先生よりも先に舞台に登場して、物思いにふけっていますね。ラインの黄金での自分の失敗による神々の終焉をなんとか防ごうと必死になっているわけです。ノートゥングを抜くジークムントに手を貸す部分も見せます。個人的にはこれはうまくやらないとジークムントの英雄性を損なう危険があると思うので、気を使いました。ジークムントがヴォータンの操り人形になってしまってはドラマ全体が小さくなりますからね。
2幕ではジークリンデを殺しに来ます。そしてジークフリートを身ごもっている事に気付いてプランを変更して去っていくわけですが、ここは実は僕がどうしても泣けてしまうシーンです。ジークムントとはここでお別れになるはずだったわけですからね。ヴォータンの力でフリーズさせたジークムントに触り別れを告げ、ジークリンデを殺そうとするところ。ここは本当に泣かずには演じられないのです。良い悪いはわかりませんけれども。音楽的に運命のモチーフと死の嘆きのモチーフが交錯する中でジークフリートの存在を知ると言うのも何か象徴的ですね。
 
そう、ワーグナーを演じる上ではやっぱりライト・モチーフを熟知していないと音楽と芝居の関係が希薄になりますね。僕は必ずしも指輪のモチーフをすっきり把握できていなかったので、立ち稽古の途中で一覧を入手して勉強したりしてました。
「やっぱりワーグナーの音楽はすごい。」
これが本番を終えての強い感想の一つです。
 
ヴォータンの不機嫌の動機というのがワルキューレには再三出てきますが、もちろんこれはヴォータンが追いつめられる事によってどんどん目に付くところに出てくるわけです。でもあからさまにこのモチーフと所作を重ねるとやっぱり安い芝居になってしまうように僕には思えます。振り付けみたいにね。ライブでお客様に見ていただくためには、やっぱりその動き、衝動がその場で生まれたように見えなければ行けないと思うんですよね。だからそのヴォータンの衝動、気分、感情が生まれた結果音楽にそのモチーフが現れるように見えないとね。これは結構苦労しますが、うまくいくと本当にすごい効果をもたらすと思います。聞き手がモチーフの事を知らなくても無意識のうちに音楽と芝居のリンクが感性を震わせるのだと思うのです。だからワーグナーはすごい、と思います。
 
この一年間、この役を歌うために声の改造に取り組んできました。こうかくと他の役を捨てているように聞こえる部分もあるかも知れませんがそうでなく、よりドラマティックな役柄へシフトするための改造でもあります。ドイツで歌っている役、オファーされる役もどんどんドラマティックになってきているので、僕のキャリア上、必要なステップなのですが、このヴォータンと言う役を歌うという具体的な目標があったので、より具体的にそれに取り組めました。
結果は、うまく行ったと思います。その意味では自分を褒めてやりたいと思ってます。僕の持っているマテリアルを最大限に使い切ってやっとぎりぎり歌える役ですから、そのぎりぎりを5時間にわたってキープするのは「メンタル・スタミナ」をものすごく要求されるんです。僕のヴォイス・トレーナーであるデヴィッド・ハーパーは良くこの言葉を使うんだけど、本当に大事なとこです。
最大限に太く、それでいて健康で柔軟・・・弱声から強声までを自在に操れると言う意味も込めて・・・な声をキープするためにテクニック的には限界までの集中力を必要とするわけでして、要するにその神経の太さと同時に繊細さみたいなのがないと、僕みたいな歌手にはヴォータンは歌えないわけです。
でも、残念ながらいくらこういう努力がうまくいっても僕にはびっくり箱みたいな声は出ませんねー。もともとそういう歌手じゃないですからね。声の力と言うのはある程度このやり方で出せるしそれがなくちゃこの役は歌えませんけれども、人が仰天するような超人的なマテリアルから繰り出させる、人の度肝を抜くような声は出せません。
ワーグナーを好きな方、オペラを好きな方で、こういう「ものすごい声」を聞きたいと思っている方々には僕の声は物足りなかったかもしれないですね。逆に怪物でない等身大のワーグナー、人間的なワーグナーをやりたいと思っている僕にとってはこれでいいんですけれども。
 
こうかくと吹っ切れているようですが、これが吹っ切れなくて稽古中はすごく苦労しました。自分がやっぱりそういうびっくり箱ヴォイスを求めているんですね。僕自身、何度もあちこちでワルキューレをみてきて、世界のワーグナーヴォイスを聴いていますから、それを自分の耳が自分の声の中に聴きたがるわけです。自分の楽器以上の音を求めてしまうわけですね。あの豊かな声量を持つ名バリトン、カップッチッリ氏が若い頃によく声を壊していたのが、やはりこの現象だと聴きました。自分の声は離れて聴いて見る事が出来ませんからね。「もっと、もっと豊かな声を!」と耳が求めてしまうわけです。あんな大歌手でもそういう事があるというのは昔は理解できなかったのですが、いまはわかる気がします。
僕がこの思いを断ち切れたのが通し稽古くらいでしょうか。その後はずいぶん安定しましたね。
 
初日のカーテンコールであれだけの拍手とブラボーを頂いて、本当に良かった、努力は報われたんだな、と思いました。もちろん僕のヴォータンを作ったのは僕だけでなく、飯守先生、ジョエル、そして共演者の皆さんのご指導や刺激との共同作業な訳ですが、やっぱり僕自身がしっかりしていないと他の皆もやりようがない。その意味で作業が一つ幸せな結実をしたのだと思いました。僕らの目指すものが受け入れられたのだと思います。この結実に栄養を下さった皆さん、本当にありがとうございました。
土曜日も頑張ります。

“二期会ワルキューレ初日終了” への15件の返信

  1. 昨晩はおおいに堪能いたしました。お疲れの中、これだけの原稿を書かれるのには敬服です。今回の演奏に接しいろいろ感想を書きたいのですが、もう一公演残しておられる中、またこの場でああだこうだ言うのもどうかなと思います。全公演が閉幕次第、皆様とともに祝辞を述べたいと存じます。それと、皇后陛下が来ておられましたね。別の意味で感激です。・・・

  2. 初日に続き二日目を鑑賞し帰宅しました。お疲れでしょうに長文の日記をしたためていただき、大変勉強になりました。ありがとうございます。
    ○操り人形か否か、まさに藪の中。はっきりさせちゃうと確かに小さくなりますね。
    ○2幕のジークリンデを殺しに行くシーン。驚きました。お腹に手をやり悲しみの中に希望を見出すヴォータン。そう「悲しみの中の希望」今回の演出で何度も強調されていましたね(岩山を火で囲む申し出を受ける小森さんの演技!!)。希望の彼方が思い起こされ、希望の中に一層の悲しみを感じてしまいました。
    ○びっくり箱ヴォイスじゃないかもしてないけれど、予想を凌駕する素晴らしいヴォータンでした。ドーメンなどの、アクの強いヴォータンに食傷気味なこともあり、バリトンならではの端正で品格があり真摯なヴォータンを堪能しました。語りに偏せず歌唱に偏せず、考え抜かれた表現が、あるいは「我が意を得たり!」あるいは「こんな方法があったのか!」。フンディングを殺る「つぶやき捨てる表現」、ブリュンヒルデを下手に追いやっての「はき捨てる表現」などなど。
    ○一見説明過多・あざとい、と思える演出が、いずれも音楽と有機的に結びついていて、気がつくと眼鏡が何度も曇ってしまいました。特に羽のシーン、ラストの…、おっと、ここまでにしておきます。
    ○最後に管弦楽。初日にあれっ舞台に絡まない、と思った箇所が二日目は見事に修正されてました。23日が益々楽しみです。かぶりつきで熱狂する予定です!

  3. 小森さん、ワルキューレおめでとうございます!!
    私は観に行けなくて本当に残念でしたが、
    行った友達から「小森さんがとにかく素晴らしい!」と聞き、
    一人小森さんのヴォータンを想像しながら感無量になってます^^
    是非いつか、ゲラの小森さんを観劇しに伺いたいと思いました♪
    今後とも益々のご活躍をお祈り申し上げます☆

  4. 公演のご成功おめでとうございます。
    私は5階の席で高所恐怖症との戦いでした(笑)が、小森先生のお声は、他の歌い手の方々の中でも抜きにでて、明確で力強く響いていました。声量ばかりでぼやけた印象が残る歌手が多い中で、声の中に歌詞や解釈を深く溶け込ませることのできる先生のヴォータンは、品格の中にも威厳があり、より強烈な印象を与えたのではないかと思います。(細かい顔の表情が見えない分、余計に感じたのかもしれません。)
    特に第3幕のヴォータンとブリュンヒルデのからみは、本当に良かったです。神として、父として様々な葛藤に涙せずにはいられませんでした。ワーグナーの音楽がまたいいんですよね?。 号泣でした。
    追記ですが、日本でのオペラ鑑賞は今回初めてだったのですが、日本人歌手のレベルの高さに正直驚きました☆また声量のバランスも取れていて、キャスティングも良かったと思います。(個人的にはジークリンデ、ブリュンヒルデが好きでした。)
    聞き手として同じ空間を共有できたこと、本当に幸せに思います。
    これからも陰ながら応援しております!

  5. 公演のご成功、おめでとうございます。そしてお疲れ様でした。ノーブルなヴォータンを堪能させていただきました。
    二期会さんのますますの充実と小森さんの益々のご活躍を祈っています。

  6. 23日の舞台拝見いたしました。聴覚的にも視覚的にもハイレベルのパフォーマンスを全身全霊で堪能させていただきました。
    ヴォータン萌え歴20年のわたしですが、小森ヴォータンにはじわっと萌えました。特に第三幕のブリュンヒルデとのダイアログでの声表現の変遷は素晴らしかった。ヴォータンの心を何重にも鎧っていた虚勢と権力欲という弱さをひとひらずつ脱がせていき、最後には「素」の力強いヴォータンを示してくれたように、わたしには思えました。
    今後年齢を重ねられるとともに、小森ヴォータンにますます磨きがかかり、ご活躍の場がますます広がることを願っております。本日はどうもありがとうございました。

  7. 超キーパーソンの大役ヴォータン!
    とっても素晴しかったです!たいへんお疲れさまでした!
    途中休憩に飯守先生の奥さまとシャンパンブレークしながらも、
    4時間半という長いはずの時間があっという間に過ぎてしまった
    感じです。飯守先生はもちろんのこと、ベルギー人?の演出、
    美術も鮮麗されていて素敵でしたね。
    もしかしたら、日本で拝見したオペラでこんなに感激したのは
    久しぶりかもしれません。
    今後も若手の星、小森さんが日本のオペラ界をどんどん引っ張って
    いかれること、期待しています!

  8. 皆さん書き込みをありがとうございました。
    ドイツに戻る準備に追われていて、すぐにちゃんとお返事できませんが、後で必ず!
    無事に二つ目の公演も終える事ができました。来て下さった皆さん、本当にありがとうございます。今はとにかく大役を終えて胸をなで下ろしているところです。
    NHKのカメラがはいっていたのをご覧になった方も多いと思いますが4月にハイライトを放映するようです。ハイビジョンでの全曲放送はまだ後だとか。これも情報がはいったらお知らせします。

  9. 23日は初日以上に素晴らしい公演でした。Geh!Geh!の表現を変えていらしたのには吃驚。23日の二つのGeh!の間の強烈なアクセントにヴォータンの苦渋が滲み出ていて震撼いたしました。スコアを見るとチェロ・コントラバスと対応しているんですね。
    インテルメッツォの折に抱いた「次世代のヴォータンは小森さんで決まりだ!」との確信に誤りがなかったことが明らかになり有頂天の私です。
    楽日の本日、お話中にお声をかけてしまいましたご無礼、お許しください。お疲れ様でした。そして、有難うございました!

  10. お疲れ様でした!いろいろと書きたいことはありますが、毎回聴くたびに成長されていると感じます。やはり様々な葛藤というか、思いを断ち切る、という決断をされていたのですね。きっと今後のために大きく役立つことでしょう。次回は日本で何を?楽しみです。

  11. はじめまして。
    今回2/23(土)、24(日)とWキャスト両方を堪能させて戴きました。
    小森様のお噂は、伺っていたのですが、初めて拝聴(&拝見)しました。
    演目自体が好きなので、配役は二の次で観に行ったのですが(すみません)、とても感動しました。
    小森様の日記を読ませて戴きましたが、二幕のあの場面、やはり本気で泣いていらっしゃいましたか・・・。実は私も泣いてしまいました。私も「リング」は何回か観ていますが、あの場面で涙したのは初めてです。
    また、三幕のブリュンヒルデとの告別の場・・・。
    号泣でした。
    わたくし、1階最前列ど真ん中(飯森先生の真後ろ)だったのですが、あたりかまわず(といっても、音を漏らしてはいけないと鼻もすすらず)涙も鼻水も止まらず状態で、ただ泣いていました。
    しかし、最後に少女が出てくるのは蛇足だったと思います。
    小森様のあの演技、あの歌唱で、全てを物語っていたのに、ちょっと興ざめになりました。
    その他の部分もあわせ、全体的に、説明過剰な演出に、私には思えました。皆さん、素晴らしい演技力で、もう十分表現なさていたのに!と。
    でも、その演出について、翌日の組を観て、分かった気がします。
    23日組にはその演出が“説明しすぎ(蛇足)”にうつりましたが、24日組にはそのくらいの補足が必要だったのかな、と。
    生意気言ってすみません。
    これからも益々輝いてください。
    素晴らしいヴォータンを、本当にありがとうございました。
    失礼いたします。

  12. 小森さんの舞台を初めて拝聴いたしました。
    素晴しかったです。5時間、ドラマに引き込まれて感動していました。3幕がとても好きでした。3幕の娘に超えられてしまう哀しさがとてもよく伝わってくる演技力と歌唱力に感嘆していました。
    最後までスタミナを失うことなく完成させた小森さんの
    ヴォータンは本当に今回の主役だったのですね。
    小森さんの日記も拝読させていただき、オペラを支える声楽家の素晴しさがよく理解できました。
    ありがとうございました。
    益々素晴しい舞台を続けられることを確信し、お祈りいたします。

  13. >亀戸のTさん
     
    二日もみて下さってありがとうございました・・・というか24日にお会いしたと言う事は初日もご覧になったと書いていらしたし、全公演を見て下さったと言う事ですか!ありがとうございました!
    次世代のヴォータンなんて、恐れ多いです。でも自分が作ろうとしたものが形になったのは本当に嬉しかったです。
     
    >27しきさん
     
    ありがとうございました。この役は葛藤に満ちた役だと思います。
    日本での次のオペラは・・・今はまだ劇場側と交渉中です。またお知らせしますので。
     
    >のっちさん
     
    書き込みをありがとうございます。最前列にいらしたんですね。
    24日と23日の話、興味深かったです。表現者のタイプと演出の相性と言うのは確かにありますね。
    泣いて下さって、うれしいです。
     
    >momotaraさん
     
    こんにちは。みて下さってありがとうございました。
    やはり3幕は感情が込み上げる幕ですね。僕は表現者として、感情的になりすぎないで冷静さを保つようにする、そのバランスに少し苦労しましたが、このオペラで感動せずに演奏するのは全く不可能です。

  14. またまた遅ればせながら・・・
    最初の方にコメントして下さった方に、ちゃんとお返事していなかったので、大変遅くなって申し訳ありませんが、お返事です。
     
    >川口市のわぐねりあんさん
     
    公演前からコメントを頂いていましたよね。ありがとうございました。皇后陛下とは歓談させていただく機会を得て、そのことも書こうと思ったんですが書きそびれました。またの機会に・・・。本当に素敵な方でした。
     
    >亀戸のTさん
     
    他の書き込みにはレスしましたが・・・
    僕のヴォータンをそういう風に受け止めて下さって嬉しいです。それにしても細かいところをよく見てらっしゃる・・・。「悲しみの中の希望」という表現、ちょっとひねって日記で使わせていただきました。
     
    >ウスキさん
     
    こんにちはー。元気ですか?
    そう、やっと終わりましたよ〜。すごいプレッシャーでした。でもやらせてもらって本当に良かったです。ゲラにも来てね。
     
    >photographer_naokoさん
     
    こんにちは!
    新しいヴォータン像なんて、恐れ多いです。でも僕なりの工夫をいかせたと言う実感はありました。
    ありがとうございました!
     
    >姐御さん
     
    はい。すごく良いキャスト、良いチームだったと思います。日本人のレベル、捨てたもんじゃないでしょ?という気持ちです。日本人としての僕らのマテリアル、特質を活かしてできる事を最大限にしていきたいですね。
     
    >ダニロさん
     
    ありがとうございます。ノーブルと言うのはやはり守らなくてはいけない線なのだと思いました。品が悪くては表現力があっても神々の長としては不適格な感じがしますよね。
     
    >フリッツハバ子さん
     
    お久しぶりです!ワーグナーお好きですもんね!
    3幕での描写をそういう風に受け止めていただけて嬉しいです。人物の弱い面を表現するのにすごく魅力を感じていて、それと威厳とのバランスをとるのが稽古後半での課題でした。
     
    >shokoさん
     
    あの長い作品が短く感じられたと言う感想を頂くと、本当に嬉しくなります。これからも頑張ります!

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